地域情報誌TSUNAGO vol.4にて、私のインタビュー記事が掲載されています。「自分とつながる」ことについて話しました。ありがとうございます。以下の画像をクリックすると大きく表示されます。
以下は記事のテキスト原稿です。ご覧ください。
身体感覚を軸に「観自在」を伝える変人
合同会社じぶんらしく 代表社員
ボディワーカー・パフォーマー・ディレクター
グラフィックデザイナー・コピーライター・プロモーター
左京変人図鑑編集長
寺嶋 康浩 氏
1980年和歌山生まれ。関西大学工学部出身。広告業界でグラフィックデザイナー、コピーライター、ディレクターを経て、2011年父の死をきっかけにボディワーカーとして独立。心とからだを「命」全体として捉え、滞りや収縮を解放していく「Unfolding Bodywork」を創始。国内外の数千人の心身に向き合うなかで、自己表現の大切さに気づく。身体性とアートをテーマとし、躍りながら描くパフォーマンスをしたり、絵画、ダンス、音楽を通して気軽に自己発見・自己表現できる場を提供したりしている。
自分の身体の声に耳を傾けたことはあるだろうか。工学部出身の論理的思考と、広告業界で培った鋭い視点を持ち、ボディワークを15年以上おこなってきた寺嶋康浩が、経済論理を超えた「自分の心地よさ」を知ることの重要性を説く。躍りながら描くパフォーマーなど多彩な顔を持つ彼に、軽やかに生きるためのヒントを聞いた。
——さまざまな仕事や活動をするなかで、いま一番大切だと感じていることは?
やはり、身体に意識を向けるということでしょうか。自己探求が大切です。どんなことでもいいのですが、例えば、「今日の体調はどうかな」などと意識することです。そもそも、私たちは自分の「臓器」の位置など知らない方も多いですよね。肝臓がどこにあり、腎臓がどこで何をしているのか。そうした臓器に意識を向けてみる、といったことも含まれます。
——身体に意識を向けたほうがいいのはなぜですか?
私たちはこの地球上に、身体を持って生まれてきていますが、成長するにつれて外に意識を向けることばかり教わります。つまり、外のことばかりが気になってしまう。そして、外に対してどう反応するか、外の事象に対してどう行動するかということばかりを繰り返しています。しかし、この人生において、身体というものを通してでしか、私たちは生きることができません。身体があるから話すことも見ることも食べることもできる。人と楽しい話をしたり、感動したり、笑い合ったり喜びを感じたりできるのも身体があるからです。その身体の制限、あるいは可能性から逃れることはできないわけです。
——身体の制限というのは具体的には?
例えば、身長を伸ばしたい、違う顔になりたいと思ってもそれは難しい。心臓などの臓器も自在に動かせません。私たちが現実を作っていくなかで、身体は非常に大きな影響を与えているはずです。それなのに自分の臓器の位置や働きにまったく意識が向いていない。食べるものの質や時間、睡眠など「自分が心地よいと感じること」を疎かにしている気がするのです。そこに時間を割いていない。「心地よいと感じるかどうか」「いま、自分はどう感じているだろうか」と、感じること自体が自分とつながることでもあると思うのです。身体は非常に繊細なセンサーですが、それを使えていない。だから、身体の声を聞く時間を、ぜひ持ってほしい。なにかをしていて心地よくないとき、身体のどこかが緊張していたりしますよね。人に気を使い過ぎると横隔膜が硬くなって呼吸が浅くなったり。「お金がなくて首が回らない」という言葉通り、経済的にうまくいっていないと実際に首が痛くなったりする。現実に問題を抱えていれば、それが身体にも出ているはずなので、その瞬間ごとに心地よいかどうかを感じてみてほしいです。不快なことはやらなければいいし、やるなら心地よく感じるように在り方を捉え直してみる。発想を転換すれば、人に頼ることもできるはずです。
私たちは「答えは一つだ」という固定観念に縛られています。ここで「観自在」の話をしたいと思います。般若心経の冒頭にある「観自在菩薩」とは、視点を自由自在に変えられる人という意味です。菩薩は修行において世界の正体を深く見つめ、一つの視点に縛られない知恵を完成させたとき、あらゆる苦難を乗り越えたという内容です。観自在とは「視点を自在に変えることで自由になれる」ということです。答えは一つではないかもしれない、いろいろな見方をしてもいい。そういうことを体感する機会がなかなかないと感じています。そのため、絵画の展示では作品を壁に吊るしたまま回せるよう工夫しました。見る人自身が作品を回すことで見え方や感じ方が変わる「観自在」の体験を、アートを通して提供したいと考えています。ほかにも、大人が内側から湧き出たものを表現する「らくがきラボ」、太鼓の音で自由に踊る「ドラムでダンス部」、自分のオリジナルの音楽を発表する「みんnanoライブ」などの場作りをしています。
表現は評価されることなく受け入れられる環境、仏教用語の「」がないと成立しません。見る人がいないのに描いても「循環」は起こらない。受け取り手がいて初めて循環します。だれかが見て聞いてなにかを感じ、その感想を受け取る。そんな循環する場として設計しています。環境があるから自己表現ができ、「自分らしく」生きられる。自分一人が自分らしくなるだけでは意味がなく、みんなが自分らしく生きることで社会に価値が生まれます。「合同会社じぶんらしく」は、それを目標にしています。社会全体が自分らしく生きられる環境になることが大事。そのために自ら率先して自己表現して、自分を試しています。
——「自分とつながる」とは?
心地よいかどうかの違いがわかることです。そこから自己発見が始まり、意識が立ち上がってきます。みなさんはおそらく本当の自分をまだ知らない。すぐ「これでお金が稼げるのか」という経済論理に流されがちですが、自分を知ることは人生でとても大切です。自分を俯瞰できれば視点が上がり、多角的に見られるようになる。それも「観自在」です。
人は「金持ち」になるためではなく、「経験持ち」になるために生まれてきたと私は思います。心地よさに意識を向ければ好奇心が湧き、経済論理を上回ります。好奇心のままに動けば、より自分らしく生きられる。経済論理の世界から脱出したい人は、自分の心身に本気で意識を向けたらいいと思います。
特別なことをしなくても人の力になることは意外に簡単です。例えば、私は米国人に日本語を教えていますが、日本語教師の資格はありません。「資格がないと教えられない」という囚われに気づけば、自分が持つ宝物に気づけるはずです。
ほかにも、例えば、バス停で地域の人に声をかけられたことから、地元で踊り継がれてきた「ハモハ踊り・鉄扇保存会」に参加することになり、小学校の授業へと繋がりました。大手広告代理店の依頼で数百人の前でパフォーマンスをしたことを知った地元の方とのつながりから、図工の時間に、子どもたちに自由に表現してもらう授業をさせてもらうことになりました。なにか始めれば必ず展開していきます。
なにか新しいことを始めるのを怖がる人は多いですが、やってみてから考えればいい。始める前から失敗したときのことなど考えなくていいし、失敗したとしてもだれも笑いません。どんどん挑戦すべきです。「これおもしろいよね」と思いついたことを、ただやっていく。続けていく。その結果、喜びの循環が起こることをすればいいんじゃないでしょうか。そうやって一人ひとりが自分を試していく先に、みんなが「自分らしく」生きられる、みんなが喜ぶ社会ができていくのだと思います。人生はやったもん勝ち。さあ、次はなにをやってみましょうか。
